矢倉囲いは対振り飛車には向かない。矢倉囲いの玉の位置は角の餌食。



矢倉はよくわからない戦法

矢倉はよくわからないから最初の内は嫌いでした。しかしこの思いは、矢倉を何度も指し続けることによってきっと克服できるはずだ。そんな思いがありました。

とにかく矢倉を指し続けることによって、将棋が強くなるはずだ。そんな思いから矢倉を指し続けるのでした。そんな思いを抱くきっかけとなったきっかけについては『将棋との出会い 矢倉を勉強しなさいというアドバイスをもらう。将棋が強くなりたい!』で書きましたので省略します。

最初の内は、相手が何で来ても矢倉でした。だから振り飛車にされてもこちらは矢倉。とにかく矢倉というのは、全ての戦法に対応できるもの、という考えがあったのです。

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角の効きは止めずらい。角筋に玉を囲うな。

しかし、相手に振り飛車にされても、こちらが矢倉にすることを続けていると、どうしてもある欠陥で負けてしまいます。それは何か?

ズバリ、振り飛車の角筋に玉が入っている、ってことです。
このとき、角という駒の強さを痛感しました。最初のうちは、角の効き筋に玉が入っていても、その間に歩や銀で守りを固めておけば問題ないという考えでした。

しかし、丁度その銀(▲77、△33)は桂馬で当たりに成る位置にあるし、銀をどかされたら、角が玉を直射しているのが露骨に分かります。

角の効き筋は、最初の内は駒がさえぎっているように見えても、レーザー光線のようにずっと照射し続けていて、まったく実害が生じていないけれでもその照射をしているだけで威力があるということなのだと心に刻み込まれました。

角の睨みの意味

私は、ここに、『角の睨み』という言葉の意味があるのだと直感しました。文字通り睨みです。睨まれているだけでプレッシャー半端なしです。

ということで、玉が角の睨みの中に居ること自体がもうそれだけで悪という結論に達しました。

角に睨まれない位置と言っても矢倉の玉は▲88か△22が定位置です。ここに玉が入ってこそ矢倉城に入城することができるのです。

しかし、この位置は角の睨みにあって危険。そうなると、ここではじめて矢倉は対振り飛車には向かないのではないか?と思い始めます。

最初に角が居た位置に、角をどかしてわざわざ玉が入る。しかもそれまでの手数はかなりかかっています。その間に相手は美濃囲いできっちり囲っています。

私が玉を囲い終わったあとは、相手にとっては絶好の攻めのタイミングです。私はわざわざ玉の囲いに手数をかけて、相手の絶好の攻めの照準に入ったことになります。

こんなおバカなことはない。

そうしたことから、対振り飛車において、矢倉囲いに囲うのはやめようということを強く決意しました。角の睨み一発で、対振り飛車に矢倉をやめたというのが今思えば角という駒に敬意をはらう一事になっていたかもしれません。

 

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