大河ドラマの軍師官兵衛のように退職後の人生をかっこよく生きる



大河ドラマ 『軍師官兵衛』

黒田如水という有名な戦国武将がいました。

黒田官兵衛/wikipediaより引用

一度、2014年放送の大河ドラマ『軍師官兵衛』というタイトルで放映されました。

BSで再放送されています。ちょうど最終回が、3月17日日曜日にNHKのBSプレミアム において、午後0時00分から午後0時56分までで「乱世ここに終わる」というタイトルで放送されます。

私は、2014年放送時から大河ドラマを見ていたのですが、改めて再放送を見ると、やっぱりいいですね。岡田准一が演じる黒田官兵衛、別名、如水はとてもいいです。似合っています。
如水を支える家臣団も演じている俳優を見ると、今でこそ有名になっていますが、最初に放送していた頃にはそれほど有名ではなかったです。濱田岳、速水もこみち、高橋一生の三人です。

如水の生き方って、なんか昭和のサラリーマンの姿に重なるなって思いました。ここで言う昭和のサラリーマンは、昭和の内に社会人デビューした人って意味で表現しています。なので、ざっくり50歳以上の人っていうところですか。

ちょうど、早期退職、あるいは定年退職後の人生、あなたはどう生ききますか?っていう疑問を投げかけられている気がします。如水がこの問いにどう応えたのか?そこに参考となる何かがあると思います。

 

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如水の隠居までの生き方

如水は、戦国時代を生きた人です。分かりやすく言えば、豊臣秀吉の天下取りを助けた人物です。
如水の人生のほぼほぼ長い時間は、自分の仕えた人をどうやって支えて、押し上げていくか、というものでした。最初は、どの人につくべきか?そしてこの人と決めたらどうやってこの人を押し上げるか?
最終的には、ナンバー2の座まで上りつめます。しかし、ナンバー2であっても、自らそうそうに隠居してしまいます。これは隠居せざるを得ない状況に追い込まれたというのが正しいでしょうか。

このエピソードを少々。

ある日秀吉は家臣に「自分が死んだら誰が天下を取ると思う?」と聞きました。家臣たちは、上杉や毛利、徳川といろいろな大名の名前を答えたそうです。これに対し秀吉は「黒田官兵衛だ」と答えたとのこと。

これを伝え聞いた官兵衛は隠居を決意します。秀吉こそ最も官兵衛を評価していて、最も恐れていたと言えましょう。官兵衛がすごいのは、そのことを聞いただけで、隠居という行動に踏み切ったことです。

ナンバー2と言えば、会社なら副社長です。しかしだからと言って、安心はできません。社長に睨まれればいつでもお払い箱になってしまいます。戦国時代の場合は、滅ぼされてしまうのですからもっとたいへんです。

官兵衛は隠居した後どのように生きたのでしょうか?すごく興味が湧いてきませんか?あなたが官兵衛の立場にいると想像してみてください。秀吉に天下を取れると言われるほどの才能をもっています。隠居をしたら何をしますか?全て諦めて平凡な余生を送りますか?

 

『関ヶ原の戦い』の如水にとっての意味

『天下分け目の関ヶ原』で有名な関ヶ原の戦いは歴史の教科書でも有名です。この戦いは、如水にとって大チャンスだったと言われたらどう思いますか?
関ヶ原の戦いで戦ったのは、徳川家康と石田三成だとほぼ全ての人が思っています。しかし、如水も天下取りをしていたと聞いたらどう思いますか?

当時の如水の年齢は55歳です。しかし、人生50年と言われた時代の55歳です。今の年齢で考えたら、50歳なんて若いほうです。この晩年の如水が関ヶ原の戦いで夢を実現させようと大きな勝負をかけたのです。

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如水は来るべき大勝負に備えて準備していた!

関ヶ原の戦いで、黒田家の当主である息子の黒田長政(松坂桃李)は、東軍の徳川家康に味方させます。如水ほどの男であれば、石田三成と徳川家康ではもはや戦う前から勝負は家康の勝ちと見通していたのでしょう。

これで一応黒田本家は安泰です。それを前提としてどうするか?

普通は、このまま狙い通り徳川が勝てば黒田家は安泰だし、余生をゆっくり過ごしましょうって思うと思います。

でも如水は違ったんですね。

天下人になろうと考えるんです。
第三勢力をつくって、自分も天下取りに名乗りをあげようと。

大それた夢です。失敗すれば全て御破算ですよね。普通に考えれば。

この時、如水の手元には兵隊はいません。みんな息子の長政につけてしまってます。そうでないと、家康に不信感を抱かれてしまいますから当然と言えば当然です。

ではどうやって兵隊を集めたのか?お金で兵隊を募ったんです。この時のためにずっと貯金していたんです。このこともすごいです。日々遊興に費やさずにコツコツと訪れるかもしれないチャンスのために。出来ますか?

今に例えるなら、仕事を辞めた後のために、コツコツと遊興に費やさずに起業のための資金を貯めているんです。仕事を辞めることは、関ヶ原の戦いが起こることよりも確実に起きることです。

 

如水の天下取りの構想とは?

ちなみに、関ヶ原の戦いのあった場所は、岐阜県のあたりです。如水が居た場所は九州の大分県あたりです。

石田三成は西軍なので、如水のいたあたりはほとんど西軍の領地です。なので、そこで兵をあげても最初の内は「東軍を助けるため」という大義名分が立ちます。息子の長政も立場が悪くなることはありません。

しかし、そうは言っても、後に天下を取るほどの大人物徳川家康はその如水の真意を見抜いていました。

如水は、東軍のためと言いつつ、空家同然になっている西軍の領内を一気に併呑していき、故郷である姫路のあたりまで進軍する頃には大軍勢となっているだろうと構想します。
そのあと、関ヶ原の戦いで勝ち残った疲労困憊の相手に決戦を挑んで勝つ、ということを思い描いていたのです。この構図何かに似ている、と思いきや、秀吉が天下を取るきっかけになった『中国大返し』です。この当時の中国大返しも如水の構想によるものでした。
まさに、関ヶ原で戦っている人たちには、まさか如水が進軍してくるとは思いもよらないはずです。いったいどうやって、って不思議に思っているうちに天下を手中におさめる、そんなことが実現しそうだから恐ろしいです。

卑怯な、って思われるかもしれませんが、戦国時代とはそんなことが平気で行われる時代です。そこまでの構想を老年になっても思い描いていた如水こそ褒められるところであると思います。

 

天は如水に味方しなかった

天知人という言葉がありますが、『天の時、地の利、人の和』この三つが揃う時、成功すると言われます。そこから行くと如水は時を天から与えてもらえなかったということになるようです。

如水は天下を狙って九州の大半を手にしていましたが、天下分け目の決戦がたった一日で終わり、徳川家康が勝利します。その結果、如水の夢は露と消えます。

皮肉にも息子の長政の活躍は素晴らしく、それが一つの原因で関ヶ原の戦いが東軍圧勝で終わったという面もあります。その結果長政は筑前52万石の太守となりました。

如水が最もすごいと思うのは、平然と家康の元に挨拶に行ったことです。大坂で天下人となった家康と対面します。天下取りをしようとしていたことがばれたら、猜疑心の強い家康が許すはずがありません。しかし、如水はおとがめなしです。全てが如水の計算の内だったということだと思います。

如水は大きな勝負をかけました。しかし、その勝負は実現すれば大儲けですが、失敗しても無傷でした。投資の世界ではハイリターンはハイリスクとセットです。
大きな利益を得るためには、それと同じくらいの危険を冒さないとダメだということですが、如水の場合はどうでしょうか。
如水は、とてつもないハイリターンを求めていきましたが、実現しなかったからと言ってリスクは被りませんでした。
ここに黒田如水という人物の凄味があると思います。

 

如水の器

最後にもう一つ、如水が夢破れた後長政に話したエピソードを紹介します。

黒田長政は関ヶ原の戦いを勝利に導いた軍功により家康からものすごく褒められます。家康は長政の手をとって大喜びして感謝をしました。そのことに感激した長政は、如水に報告に行きます。

その時如水は、「家康は(長政の)どちらの手をとったのか」と聞きます。それに対して右手であると答えた長政に対し、「そのとき、左手は何をしていたのか」と質問したそうです。

長政はこれには答えられませんでした。如水の天下取りの野望を理解していなかったとの説です。
このことの意味は、『長政の左手が自由であるならば、そこでどうして左手で家康を刺さなかったのか』という意味でした。

関ヶ原の戦いを大勝利に導いた長政も大器であることは疑いようがありませんが、その長政の理解の上をいっていたということは、どれだけ如水が大器であったのかがわかります。

もし父親の立場にあるならば、そのように息子の考えの上の上を行く父親になりたいというのは、誰もが思うところではないでしょうか。

是非、BSで『軍師官兵衛』再放送最終回を見てください!おすすめです。

 

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