勝ち続ける凄さが共通点。将棋界の巨人大山康晴15世名人と羽生善治



伝説を作った男、羽生善治

羽生善治九段は、将棋界の巨人、大山康晴十五世名人の持つ通算勝利記録を抜いて、単独1位となりました。達成局となった王位戦挑戦者決定リーグで永瀬拓矢叡王戦のあとに行われた共同インタビューでのコメントです。

「今年に入ってからは大きな目標でした。この前の対局は残念ながら負けてしまったので、今日、達成できて非常にうれしいです」

いかにも羽生九段らしいたんたんとしたコメントです。

羽生善治九段の達成した1,434勝は別の意味で凄味があります。それは対局数の少なさです。対局数は2,027局で勝率を計算すると0.708。この数値は二位の大山康晴15世名人を大きく上回っています。大山15世名人の対局数は2,216局。勝率は0.647となっています。

 

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大山康晴15世名人の偉大さ

大山康晴15世名人は凄さを測る物差しとなっています。偉大すぎるからこそ物差しとなっています。
ゴルフであれば、青木功プロとジャック二クラウスのバルタスロールの死闘は、今も語り草となっています。
青木功プロは偉大な選手でありますが、その偉大さを証明するものとして、その競り合った相手のジャック二クラウスという物差しがとてつもない存在感を持っています。
尊敬する升田幸三実力制第4代名人が、『名人に香車を引いて勝つ』ことを目標にして故郷を出た話は有名です。その目標は、大山康晴15世名人を、香落ちで破ったことで達成されました。
これも大山15世名人に勝つことですら難しいのに、升田九段が自分の香車を落として勝ったところに伝説となるくらいの凄味があります。

偉大すぎるからこそ物差しとなり、その神憑った記録を抜いたからこそ、羽生善治九段の凄味が伝わるという向きもあるのだと思います。

 

私が選んだ羽生善治九段の伝説に残るベスト対局

羽生善治九段は、とてつもなく偉大な棋士であることは今さら言うまでもありません。しかし、一人の将棋ファンとして羽生九段のベストな対局を選びたいと思います。

ずばり、1988年の第38回NHK杯戦4回戦第1局。『ひふみん』こと加藤一二三九段との対局です。この対局はNHK杯将棋トーナメントでテレビで放送されました。この対局は、まだ羽生九段が18歳の時の対局で先手番でした。戦型は相居飛車の角換わり棒銀戦法でした。

加藤九段は棒銀の大家として有名であり、数々の定跡を残してきた大棋士です。まだ若輩の羽生九段が加藤九段が得意の棒銀で胸を借りるという印象の対局です。『羽生の52銀』はこの対局で生まれました。

この言葉の意味を深く説明するととても長くなりますので、ここでは割愛しますが、一言で言うなら、『巨象を一発で仕留めた名手』と私は表現したいです。この手を見た解説の米長九段が、感想戦で『強い坊やだね』と話していたのが印象に残っています。

この一手で定跡が変わりました。

 

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まとめ

どれだけ現代将棋が発展しても『受けの技術は未だ大山康晴にかなわない。』と言われています。その大山康晴15世名人が亡くなったのは、1992年7月26日のことです。今から27年も前のことですね。大山15世名人は、A級現役のまま69歳で亡くなられました。

まさに将棋指しとしての人生を全うされた大山15世名人は、棋士の鑑であり将棋を指す人の目標であり続けました。死してなお目標であり続けた姿に感動します。

羽生九段も大山15世名人と同様、全ての棋士や将棋ファンの星であり続ける存在だと思います。一時の力を誇るのではなく、継続して一番でい続ける凄さが大山名人と羽生九段の共通する凄さなんだと思いました。

これから羽生九段は勝ち数を伸ばしていくことと思います。その記録が抜かれることは、少なくとも私が生きている間はないだろうと思うと残念な気持ちがします。逆に言えば、この時にめぐり合えたことを幸せだとも言えるのですが。

一将棋ファンとして、今後も御活躍を期待しています。感動をありがとうございます!

 

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