絶対王者木村義雄十四世名人からはじめて棋界最高の名人位を奪った男



塚田正夫先生

将棋の塚田正夫先生を御存知だろうか?将棋の歴史の中で、難攻不落の木村名人を初めて破って名人になった棋士はこの塚田先生でした。

大山康晴十五世名人が若き頃、兄弟子の升田幸三先生ととも打倒木村義雄名人を目標に気勢を上げたことは有名です。それほどの人物が木村名人であり、名人位を奪うことはとても難しいことを意味していました。

Sponsored Links

圧倒的強さを誇る木村義雄名人。

『一度も負けたことがない』というのであれば、もしかしたら勝てないかもしれないという思いが強いもの。一度でも負けたとなれば、『あの人も人の子だ』という思いが生まれ、少しは心理的ハードルが下がるものですよね。

源平合戦での一の谷の戦において、源義経の逆落しは有名です。急な傾斜を騎馬で奇襲をかけるという作戦を、皆が不可能だからやめるよう進言するところを、『鹿が降りてるのだから馬も行ける。』として傾斜を駆け下りて奇襲を成功させたという逸話があります。

この時は鹿でしたが、他に誰か一度でも成功しているのであれば、不可能ではないということ。圧倒的強さを誇る木村名人を最初に負かすところに凄味があるのだと思います。

糧となる将棋

木村名人から名人奪取を始めて成した塚田先生は偉大です。塚田先生が名人になった翌年、大山先生が挑戦者になりますが、この塚田先生から名人位を奪取することはできませんでした。

若かりし大山名人が塚田正夫先生に挑み跳ね返された対局もまた勉強になるのではないかと思い今回並べようと思いました。いわば大山名人が強くなるために糧となった将棋です。

1952年12月29日に行われた九段戦での対局です。先手が塚田正夫先生、後手が大山康晴先生です。もちろん戦型は矢倉です。

Sponsored Links

水面下での駆け引き

▲2六歩 △3四歩 ▲7六歩 △3二金 ▲4八銀 △8四歩 ▲6六歩 △8五歩 ▲7七角 △4二銀

現在の目から見ると初手▲26歩は居飛車相がかりの出だしです。現在では飛車先の歩を保留するので、この歩を突いて矢倉に進むのは稀です。飛車先の歩を突くことは急ぐ必要はないので、矢倉を指す場合には後回しにします。

しかし本来、居飛車はこの飛車先の歩を突いていき、敵の弱点である角頭を攻めるというのがコンセプトです。

後手が△34歩とついたのは、現在では角換わりか横歩取りか、振り飛車の感じです。この頃の大山名人は振り飛車を指さないので、角換わりか横歩取りでしょうか。

先手が▲76歩と指したとき、△32金と指しました。この瞬間、角換わりの可能性が濃厚になりました。しかし、先手の▲66歩で矢倉に進みます。

水面下でさまざまな駆け引きがあったと想像されます。

『角』で矢倉に組む時の注意

後手に△84歩と突かれてから先手が▲66歩と突いて矢倉に組む場合、飛車先の歩交換を角で受けることになります。

この角での交換拒否は、良く気を付けておかないと、飛車先の歩交換のみならず角交換まで許してしまうので、注意が必要です。

すなわち、部分的に示すと、△31角から△86歩で、▲同歩△同角▲同角△同飛車という感じで交換されてしまうのです。

追伸

将棋を指していると、実生活でもためになるなって思うことに良く気づきます。

貯金をしなさいってよくお母さんが子供に話しているのを見たり聞いたりする時、『何も今使うものがないのだから貯金しておいて、いざという時に備えておくのよ』ということを教えています。

将棋で言えば、何を指して良いか分からない時、どんな手が貯金のような意味を持つ手になるのか?そんな風に考えるといいんだよなって。

これも生活の知恵ですね。将棋はずっと長いこと愛されて私たちと一緒にあったんだなって。お盆だからなおさら強く思うのでしょうか。将棋を教えてくれた曾祖父に感謝です。

他にも棋譜を並べています。よろしければご覧くださいませ。→棋譜一覧

あなたの人生が楽しいものでありますように!(^◇^)!

Sponsored Links