6筋を突く昔の矢倉は美しい。戦後まもなくの棋譜が教えてくれた角の使い方



後手矢倉の受けを学ぶ

大山康晴十五世名人の受け将棋を、勉強しています。棋譜はたくさんあるので絞っておく必要があります。

ズバリ、後手矢倉ですね。私の経験から、矢倉戦で後手を持つと、たいがい後手が、急戦で挑まない限り、後手が受け切るかどうかの勝負になります。

なので、どうやって後手が受け切るか、それを見るなら後手矢倉が良いのではないかと思います。

さて、1950年12月20日に行われた先手、南口繁一先生対後手大山康晴先生の対局です。

Sponsored Links

角の使い方に特徴あり!

▲7六歩 △8四歩 ▲7八銀 △3四歩 ▲7七銀 △3二金 ▲4八銀 △4一玉 ▲7八金 △6二銀
▲2六歩 △3三角 ▲2五歩 △2二銀 ▲5六歩 △5一角

出だしは、普通の相矢倉模様ですが、先手の飛車先の歩の伸びに対して、△33角と受けます。ここ△33銀が普通だと思いますが、角で受けたのは、△51角と深く引くことができるからです。角の使い方に特徴があるのが、この戦後まもなくの頃でした。

矢倉は角の戦いと言われますが、この角をどう使うかによって、矢倉の歴史が分かる部分もあります。例えば、今は、5筋の歩を突いて、3筋や7筋の歩を交換して理想形を作っていきます。

その辺の矢倉の攻めの理想形の記事は『将棋 矢倉の攻めの理想形を築いた後はどうするの?』に書いていますので、興味のある方はご覧ください。

3筋や7筋の交換が必ずしも常道ではなかった時代ということができると思います。そう考えると、この棋譜でもそうですが、後手は5筋ではなく、6筋の歩を突きますが、そういうところに表れています。

6筋を突く矢倉の特徴

▲6九玉 △6四歩 ▲7九角 △3三銀 ▲3六歩 △6三銀 ▲5八金

最も現在と異なる点と言えば、後手の6筋の歩突きですね。この形を見ると、一目で今の将棋との違いが明確です。

『角換わり将棋に5筋を突くな』という格言がありますが、6筋の歩を突くと角の活用に手数がかかる反面、相手に角を持たれたとき、自陣に隙がないという点もメリットの一つです。

また、後手が、5筋の歩を突かず、6筋の歩を突いたことは、攻めの銀の使い方にも影響が出てきます。

Sponsored Links

6筋の位に見る自陣角の形

△7四歩 ▲4六歩 △6五歩

65歩と位をとったのが、とてもかっこいい手です。自分は、この筋の歩を伸ばして、その影に角を配置する形が大好きです。自陣角と呼ばれてその形を初めて見たときは、かなり感動しました。そのことは『今もなお忘れられない角 内藤國雄先生著「将棋定跡入門」の中で見た升田流の自陣角。』に書きました。

角換わり腰掛銀ではよくある形ですね。先手にしてみると、この位取りはめざわりなことこの上なし、と言ったところです。

先手の角と後手の角、どちらが働く?

▲4七銀 △5四銀 ▲5七角 △5二金 ▲7九玉 △7三角

先手は、▲47銀と指しますが、後手は△54銀と腰掛銀に構えます。この形が、6筋の歩を守って後手にとっては、味のいい銀の配置です。先手が4筋の位を取る手も防いでいます。

先手は玉の囲いへの道を開いて▲57角として、後手は△52金と整備します。後手は満を持して、△73角と好位置に角を配置します。この筋の角は、先手の飛車を牽制するのが大きな役割です。

追伸

現在ではあまり見られなかった矢倉の形を並べてみると、とても新鮮な将棋を見ている感じがします。なぜ、その形が現在では指されなくなったのか、そんなことを考えながらも、決して劣っているから指されなくなったとは一概に言えないのではないかと思うこともあります。

例えば、今回の5筋ではなく、6筋を突く矢倉ですが、とてもバランスのよい形で、美しいです。当時、プロの間で指されていた将棋ですから当然ですよね。

他にも昔の棋譜を並べています。ご興味のある方はぜひ『将棋の目次』をご覧くださいませ。

 

あなたの将棋ライフが楽しく、充実したものでありますように!(*^_^*)!

Sponsored Links